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「僕と核」 |
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6. ひばくってなに?
肌で放射線を直に受けることを「外部被ばく」と言います。 このように重度の外部被ばくは、原子爆弾以外は、原子力施設の臨界事故、あるいは強い放射能源に触れてしまったケースなど、すべて「人為的な」原因によります。安全な距離を保つか、間に遮断するものがあれば、外部被ばくを避けることは可能です。よって、一般の人間が重度の外部被ばくを受ける可能性は、何かしらの事故にあわない限り、極めて少ないと言って良いでしょう。 そして、放射性物質が空気や水、食べ物を経由して体内に入ることを「内部被ばく」と言います。 内部被ばくは、肺から血液に入るのと、胃腸の粘膜から血液に入るのでは影響も違いますが、わずかな放射線量の場合、外部被ばくよりも内部被ばくの方がずっと深刻であることがきわめて重要な点です。内部被ばくは、ごく少量でも、体内で多大な影響を及ぼすことができるのです。 被ばくによる被害は、「距離」と「時間」の要素が決め手なります。核の崩壊が出す粒子状の放射線は、発信源から短い距離しか飛びませんし、外部被ばくはかんたんにブロックできます。しかし、放射性物質が体内に入ると、体の中は丸裸ですから、放射線が数ミリ飛ぶだけでも、まわりの細胞は放射線をモロに受けることになります。 内部被ばくは、放射性物質が「量=微量」でも、「距離=ゼロ(体内)」、「期間=長期間」の条件がそろえば、さまざまな病の原因になるということです。どのような病気かと言うと、がん(白血病、肺、すい臓、大腸)、糖尿病、心臓病、慢性疲労など、限りはありません。
すでにお分かりになるように、放射能は、純粋なエネルギーを出す力ですから、「良い」も「悪い」もありません。ただ、放射線のエネルギーは、人体が機能しているレベルに比べると何十万倍も強いので、放射線を受けた細胞は、無差別的にその影響を食らいます。 電離放射線のエネルギーと、人体を比べた表を見てみましょう。 |
「マイナスイオン」の流行語などで、イオンという言葉には勝手に良いイメージがありますが、体の中の細胞がイオン化され過ぎると、大変なことになるのです。外部被ばく、内部被ばくともに、電離放射線を受けた細胞に何が起きるか見てみましょう。 体内には200種類もの細胞がありますが、それぞれの機能はすべて細胞の核の中にある遺伝子(DNA)によって制御されています。細胞というのは生命の根本的な単位なので、ここで起きるさまざまな活動が、人体へ反映されます。 強いエネルギーを持ったガンマ線が細胞の中にある分子構造にぶつかると、電離した高エネルギーの電子がビリヤードのように玉突き事故を起こし、更に他の電離を引き起こします。つまり、ベータ線と似たような結果になります。 ベータ線は電子の粒子線なので、サイズは小さくても質量があるために、電離作用のほかにも、細胞の壁に穴を空けたりして傷つけてしまうことがあります。アルファ線とともに、細胞を外から物理的に壊していくことになります。 アルファ線は一番重くて遅いのですが、ガンマ線より更に百倍の電離効果があります。これはアルファ線のサイズが比較的大きく、プラスの極を持っているため、細胞の中の水分などの電子を奪ってしまうからです。ちなみに、私たちの体の8割を占める水分の半分以上は、細胞の中にある水です。 では、細胞の中の水が電離されると、何を意味するのでしょうか。電離効果は、「フリーラジカル」と呼ばれる、イオン化された酸素分子をたくさん発生させます。イオンは電極を帯びていて不安定なのですから、まわりの分子と連鎖反応を起こします。フリーラジカルが細胞の遺伝子と化学反応を起こすと、遺伝子の変異の原因となります。また、細胞はたんぱく質、炭水化物、脂肪などの有機化合物でつくられていますが、これらの分子構造が壊れると遺伝子の製造機能がおかしくなったりして、細胞分裂に異常を引き起こします。細胞が製造する酵素やホルモンの内容を変えてしまうこともあります。 フリーラジカルは、人体のエネルギーをつくる上で必要とされていますが、過剰に生産されてしまうと、このように必要以上に暴れてしまうのです。ひいては、老化の原因とも言われている、「活性酸素」と同じようなはたらきをします。 更に、電離放射線は体の中で表面積の多い神経系にも直接ダメージを与えることが可能になります。そのため、あらゆる神経系の病気の原因に貢献することが考えられます。 加えて重要なのが、細胞の中にあるミトコンドリアへのダメージです。ミトコンドリアは独自の遺伝子を持ち、酸素をエネルギーに変える働きがあります。つまり、人体に必要なエネルギーを製造する大事な役です。人体でいちばんミトコンドリアが多いのが、エネルギーをもっとも必要とする、心臓と脳の細胞です。ミトコンドリアは数多く存在するので、合わせた表面積は細胞核よりもずっと大きく、それだけ放射線を受ける可能性も強くなります。ミトコンドリアが正常に働かなくなると、細胞の機能が低下してしまい、あらゆる心臓と脳の病気の原因になります。参考までに、細胞の仕組みを簡略化した図で見てみましょう。 |
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まとめると、強い電離放射線が細胞に入ると、砂鉄の中に磁石を投げ込んだように、あるいは高速道路で事故が起きたように、細胞の正常機能が混乱してしまいます。放射性物質というのはこれらの粒子を出し続ける訳ですから、原子レベルでの自爆テロ、と言っても過言ではないのです。
<遺伝子の修復機能> ここまで放射線の威力について書きましたが、それでも人間は自然放射線と共に進化してきたのですから、破損を受けた箇所がきちんと蘇生するように、人体には適確な免疫力が備わっています。細胞の壁が傷ついたり、染色体があるレベルの損傷やショックを受けると、緊急電話が鳴って、遺伝子の「修復酵素」が出動します。しかし、現場のダメージが広がるスピードが速過ぎたり、損傷のスケールが大き過ぎると、情報が失われ過ぎて、修復不可能になってしまいます。 再生できなくなった遺伝子を持つ細胞は、これもミトコンドリアの働きによって潔く「自死」(つまり自殺)をします。しかし、細胞が複数の変異を持ったまま誤って複製されてしまうと、がん細胞になってしまいます。よって、人間の体内では60兆以上の細胞が常に入れ替わっているのですが、血や腸の内壁など、体の部位によってそのサイクルが早い場所ほど、がんになる可能性も高いのです。 電離放射線が及ぼす影響は、自然放射線にもあてはまります。宇宙線によって外部被ばくもすれば、放射性のカリウムやラドンなどで内部被ばくもすることから、強い紫外線や自然放射線によってがん細胞ができることも充分ありえます。 修復機能が活性化されるから健康に良い、とするのが「ホルミシス効果」ですが、日本でもラドン温泉などが有名で、アメリカにも似た効力を持つと信じられている鉱山の跡地があります。しかし、ラドンのガスは何百年も前からウラン鉱山で労働者の死因になっているとされていて、アメリカの環境保護庁もラドンはタバコに次いで肺がんになる第二の要因であると指定しています。ラドンは半減期が短いことや、希ガスであるため化学反応を起さないことから、すぐに体を壊すまでに至らないのかもしれませんが、その崩壊物のポロニウムも強い発がん性物質であるのです。 免疫力の上昇が体の反応としてありうるとしても、人工の電離放射線による内部被ばくとは大きく分けて考えた方が良いと思います。なぜなら、人類の細胞は自然の放射線と共に何億年もかけて進化してきた訳ですから、微量な放射能の対応には慣れているはずです。それが今まで自然に存在しなかった人工の放射性物質は、食物連鎖の中で濃縮されて行くものもあり、これまでありえなかった量と濃度が体に入ると、細かい対応がプログラムされていない可能性が多いにあります。 微量の放射能が当たり前の環境に住んでいれば、免疫力が変わって行くことは考えられますし、ある程度の揺らぎはあるとしても、新しいプログラムが遺伝子に組み込まれるまでには遥かに長い時間を要するのではないでしょうか。 ちなみに、人間の致死量の500倍の放射線を浴びても全然平気なバクテリアも存在します。これは、遺伝子の保護と修復機能がずば抜けて優れているためです。このような生物を研究して、放射能汚染の掃除や、がんの研究にも役立てようとしています。 <改めて、核の力> 電離放射線のエネルギーは、熱に換算すると人間の体温に比べれば微々たるものです。 このため、X線のように強い電磁波を受けても熱は感じません。放射線を人間が熱や痛みとして瞬時に感知するには、よっぽどの強さと量が必要です。 放射線のエネルギー自体は、人間の感覚ではすぐに探知できない。被ばくした後に、体に異変が起きることによって、初めて分かるのです。皮膚感覚で「熱い」と思わなくても、充分に「熱い」空間をつくってしまうのが、放射能の脅威です。 なぜ、人体にとってこんなに強いエネルギーが、そんなに小さい核の中に秘められているのか、もう一度考えてみましょう。銀河の誕生まで振り返れば、「核の中には、核を製造したときのエネルギーがそのまま封じ込められている」ことが分かります。言い換えれば、原子のお団子は、中が永遠にホットなままなのです。 「人間に強過ぎるもの」は自然界に沢山存在します。化学物質の中では、数ミリグラムで致死量になるものもありますが、放射線の威力は時間がかかるのこともあるで、うまく比べることはできません。ただ化学物質と違って、放射線を中和することはできません。ガンマ線に加えて、アルファ線とベータ線は一秒間に何百万個の素粒子を、その一生涯放射し続けます。原子は本当に小さいのですが、凄く限られた部位の損傷も、同時多発的かつ慢性的な事故はいずれ修復機能に勝ってしまいます。一滴の水にも百億X百億個の原子が含まれています。水道の蛇口を一瞬ひねっただけで、何個の原子が流れて行っているでしょう。空気中の超微粒子にも似たようなことが言えます。そうかんたんには想像がつかない世界なため、数字や単位を使った方法でシミュレーションする他ないのです。 <単位について> このレポートではあえて詳しく触れていませんが、放射能の計算にはさまざまな国際単位が使われています。放出率のベクレル、放出量のキュリー、そして被ばく量のグレイ、シーベルト、アメリカではラド、レム、などさまざまな換算可能な単位があり、これらにミリやピコなどの「接頭辞」がつくと、初心者にはかなり分かり辛いと思います。 原子力産業は、そこを突いて、単位による説明にだけで一般の人を納得させようとしている節があります。一定の放出量が、広大な自然環境と食物連鎖を通過して、「人間の体には〜ミリシーベルトの被ばく量がある」と計算していますが、これも住む場所や食べる物によって大きく変化してくるはずです。 「シーベルト」という被ばくの吸収量に係数をかけた単位ですが、放射性物質が体内に入ると、細胞レベルでは何が起きるかと言うと、放射線がミスした細胞は無傷のままで、ヒットした細胞が打撃を受ける。これは単純明快なことで、局部的な被ばくであっても放射線のダメージを体の平均値で考えることは、およその単位なのです。免疫力や遺伝的な個人差もありますし、ある値の以下が全員にまったく無害であるということではありません。当然のことながら数字や単位は不可欠なものですが、その数値が生物学的には何を意味するのか、それがどのように目に見える形で健康に反映されるのか、という観点から考え直す必要があると思います。 結論を言うと、どのタイプの放射線も、例外なく電離効果などによって人間の細胞に破損を与えるが、体内の修復機能が素早く対応する仕組みになっている。 しかし、放射線の量が圧倒的に多かったり、放射性物質が長期間に渡って局部に集中してしまうと、体の免疫力を上回ってしまうため、深刻な病気になる可能性が非常に強い、ということになります。 そして、放射線が人体にどのような影響を与えるかは、どの放射性物質をどのくらい、どのように受けたかによって、大きく、大きく変わってきます。決して浴びた放射線の合計量や年間量だけで総括的に判断できるものではありません。 ここまで来れば、自然の放射線による体外被ばくと、人工の放射線による体内被ばくを放射線の量で比べることや、「体内被ばくでも、少量であれば大丈夫」と言い切ることが、いかに間違っているか分かると思います。 放射線というのは、根本的に何であろうと、人体には強過ぎるのですし、そもそも許容量というものは人間が勝手に予想したもので、自然には存在しません。このことは最近になって国際機関も認めるようになっています。低レベル放射線の場合、長い期間をかけて威力を発揮すること、遺伝的な影響は隔世することもあるため、因果関係を証明するのが難しく、論争の余地が産まれてしまっているのです。 低レベル放射線の影響を無視する人たちは、「低レベルの放射線によって発病する確率は、自然の放射線による発病率よりも可能性が低い」とさえ言います。人間は自然環境の中で生活しているのですから、低レベル放射線だけで発病する環境をつくることの方が不可能です。このような引き算の考え方はまったくもって非現実的で、むしろ、他の原因に加えて、発病の引き金になっていないかどうかを考えるべきなのです。症状だけで健康状態を診断するのであれば、「病気になるまでは健康」という考え方もできます。しかし、これは「病気になることは必然」と考えた上で定めている安全値です。西洋の治療医学と、東洋の予防医学の差かもしれません。現代の日本人の考え方はどちらに属しているのでしょうか。 |